[戻る][テキストINDEX][TOP]

期待

              「芽を出し始めた力」



 その後、僕たちは順調に暑い夏を迎え厳しい冬を越し、2度目の春を迎え、そして、1歳になっていた。 でもまだ名前をつけてくれないのが不満なんだ。
「名前ちょうだい。いつになったらくれるんだよぉ」
 未だにハシグチさん達の服をくわえたりしては繰り返している。通じないんだけどね。

 普通ならもうとっくに親ばなれをしているのだけれども、ママとは絶えず一緒の牧場にいる。 それもあって、他の友達達に比べてまだまだ僕は甘えっこ。暇さえあればママに甘えていた。 そういえば、ママは僕が生まれた後すぐにまた種付けしたって言ってたけどダメだったんだって。 弟も欲しかったけどあと1年は独り占めできる。それが嬉しかった。 今年は順調に受胎したって。来年こそお兄ちゃんになるんだよってママが頭を軽く撫でて言ってた。 お兄ちゃんにかぁ。そういえば僕のお兄ちゃん、デビュー戦から圧勝だったって。 それ以降もすごい活躍してるらしいけどまだ会った事ないや。 どんな馬なんだろぉ。会ってみたいなぁ。

 そんな事を考えていたからか、兄サンライズが皐月賞完勝を手土産に短期放牧に帰ってきたって。みんな大喜びしてる。ママも嬉しそう。それを見て僕も嬉しくなっちゃった。 初めて会うお兄ちゃんは大きく偉大に見えた。顔を合わせた時、なんだか恥ずかしくてずっとママの後ろに隠れていたら
「何照れてんだよ。」
 お兄ちゃんが回り込んできて顎でコツンとやられた。痛いよぉと怒ると走って逃げ、
「やり返してみな。」
 って。ムキになった僕はお兄ちゃんを追い掛けて走り回る。本気を出されたら敵うはずはない。それでもお兄ちゃんは僕が追い付く寸前まで手を抜いて、追い付いたと思ったらひょいと避けては逃げて行くを繰り返す。

 そんな事を延々と続けていたけどさすがに体力の限界みたい。お兄ちゃんがギブアップした。僕はまだまだ元気なんだけど。
「ハァハァ、オマエどんな体力してんだよ。これじゃリフレッシュしに帰ってきたのか分からなくなる。今日はもう終わり!」
 と、また頭をコツンとやって止められた。
「じゃあじゃあまた明日ね。」
 最初のやり返しの事は忘れ、おいかけっこ自体が楽しくてしょうがない。僕ははしゃいでいたけど、お兄ちゃんは「ハハハ…。」ってひきつった笑いを浮かべていた。

 ママがそろそろ帰るわよと呼びに来た。家族並んで帰る途中、お兄ちゃんがママに言ったらしい。
「母さんに3冠制覇を見せるのはこいつに譲るよ。俺はダービーが限界だと思う。俺には体力が足りない気がして。菊花賞はさすがに体がついてこなさそうだよ。こいつはさっき走ってるのを見て素質もあると思うし、おかしいくらい体力ありそうだしさ。絶対将来すごいやつになる。ま、でも、ダービー優勝旗を初めて母さんに見せるのは譲らないけどね。次会う時は絶対持って帰ってくるから。」
 ってさ。

 最近ミチシタさん達に
「お兄ちゃんに続くんだぞ。お前にならできる。」
 と、言い聞かせられていたけど、お兄ちゃんにまで期待をかけれていたなんて。ミチシタさん達の言葉はあまり気にもしていなかったし、そんなやり取りも知らず僕は毎日平和に生きていた。この後起こる悲劇の幕開けをも知らずに。

第四話 「挫折」に続く。

ページ内の文章及び画像の無断転載・引用・改ざんを禁止します。
Copyright (C) 2004 All Rights Reserved By WebMaster kou.
ダンディライオン since 2004.05.24