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2007年02月07日:メジロマントル引退。
05年鳴尾記念(GIII)を制したメジロマントル(牡10、美浦・大久保洋吉厩舎)がJRA競争馬登録を抹消。今後は乗馬に。 父ヘクタープロテクター、母メジロティファニー(その父モガミ)、叔母メジロドーベルという血統。00年、美浦・大久保洋吉厩舎からデビューするも2着が限界で9戦全敗。その後、高崎・法理勝弘厩舎に移籍すると、02年百合特別、あさがお特別連続2着からゴールデンステッキ賞で初勝利をあげる。北関東交流サファイア特別5着、セプテンバー特別(OP)を3着から挑んだ初重賞、東国賞(高崎・G)だったが12着惨敗。その後、JRAに再度戻ると初戦の3歳上500万下11着惨敗、03年4歳上500万下を5着、3着、格上で挑んだマーチ特別(OP)6着、4歳上500万下戦3着と敗戦が続いたが続く4歳上500万下を圧勝しJRA初勝利をあげると、檜山特別(500万下)5着から3歳上500万下を2戦連続完勝。その後芝に転向し、04年エアグルーヴM(1000万下)、稲村ヶ崎特別(1000万下)も連勝で飾る。七夕賞(GIII)こそ5着に敗れるも朱鷺S(1600万下)快勝、続く朝日チャレンジC(GIII)も3着に入った。しかし、毎日王冠(GII)を7着に敗れると、その後は精彩を欠き、福島記念(GIII)5着、05年中山金杯(GIII)9着、オパールS(OP)8着、福島記念(GIII)が続いた。そして10番人気で挑んだ鳴尾記念(GIII)を逃げ切り、初重賞制覇をあげたが復活の狼煙とはならず、その後も惨敗が続きラストランとなった06年毎日王冠(GII)も11着に惨敗していた。 エアシャカール、アグネスフライト、アグネスデジタル、エイシンプレストン、タップダンスシチー世代でさすがに年齢的衰えでしょうが、鳴尾記念の時はビックリしました。長い間お疲れ様でした。 2007年02月07日 23:14 | [競馬界あれこれ] | |
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