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2006年09月03日:タガノマイバッハ引退。
03年産経大阪杯(GII)、中京記念(GIII)を制したタガノマイバッハ(牡7、栗東・松田博資厩舎)が登録抹消、現役を引退。今後は北海道新冠町の八木牧場(現グラッドホースパーク)で種牡馬に。 父ダンスインザダーク、母アフターザサン(その父Storm Bird)、半兄トキオエクセレントという血統。01年デビュー戦を圧勝で飾ると続く黄菊賞(500万下)も2着。その後格上で東京スポーツ杯2歳S(GIII)、中京2歳S(OP)と挑むも惨敗。自己条件に戻った02年福寿草特別(500万下)を3着すると再度格上で若駒S(OP)に挑み4着と好走する。再度自己条件に戻りつばき賞(500万下)を3着後、500万下戦を逃げ切り2勝目を。昇格後、八瀬特別(1000万下)、1000万下戦と挑むも惨敗。しかし、明け4歳になると03年初夢賞(1000万下)2着から睦月賞(1000万下)、飛鳥S(1600万下)と連勝し一気にOP入りすると中京記念(GIII)を逃げ切り初重賞制覇。続く産経大阪杯(GII)をも4連勝で制した。初GI挑戦となった天皇賞(春)(GI)は8着に終わった。その後長期休養を挟み04年中山金杯(GIII)、日経新春杯(GII)と惨敗。叩き3戦目となった京都記念(GII)で3着と復調かと思われたが中京記念(GIII)では再度惨敗。その後、屈腱炎を発症し長期休養を余儀なくされる。05年2005ファイナルS(OP)で復帰予定となったが除外、06年平安S(GIII)で復帰するも惨敗、その後も精彩を欠き06年新潟記念(GIII)17着がラストランとなった。 屈腱炎さえなければもっと活躍できてただろうに。お疲れ様。 2006年09月03日 21:20 | [競馬界あれこれ] | |
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