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2006年06月11日:マイネルアムンゼン引退。
03年、04年とエプソムカップ(GIII)の連覇を達成したマイネルアムンゼン(牡7、美浦・田中清隆厩舎)が、10日付でJRA競走馬登録抹消、引退へ。今後は福島県の菅野ライディングクラブで乗馬に。 父ペンタイア、母ダイナマッケンジー(その父ノーザンテースト)という血統。01年デビュー、初戦こそ惨敗するも2戦目の2歳新馬戦で勝ち上がる。初重賞となった02年京成杯(GIII)は5着に敗れるもゆりかもめ賞(500万下)、山吹賞(500万下)と連続で2着に入ると新緑賞(500万下)を快勝してオープン入り。プリンシパルS(OP)は9着に惨敗するも11番人気で挑んだセントライト記念(GII)を3着に食い込む。菊花賞(GI)を14着に敗れると調子を落とし、クラス落ちしたオリエンタル賞(1000万下)10着、03年稲荷特別(1000万下)7着と惨敗。しかし東雲賞(1000万下)4着から中京スポーツ杯(1000万下)3着、両国特別(1000万下)2着と調子が上がり始め、鹿野山特別(1000万下)、府中S(1600万下)と連勝し再びオープン入り。そして挑んだエプソムC(GIII)で初重賞制覇を飾った。しかし、春~初夏にかけてしか好走しないのかまた低迷期に。04年オーストラリアT(OP)2着で復活すると、新潟大賞典(GIII)を快勝。そしてエプソムC(GIII)をも制し2連覇を達成した。その後は精彩を欠き、05年新潟大賞典9着後に種子骨に骨折線が見つかり休養。11日のエプソムCに向けて調整されていたが、結局左前脚の繋靱帯の痛みが引かない為に復帰のメドが立たず、それがラストランとなった。 ゆりかもめ賞ではシンボリクリスエスに先着しており、好走する時期を選ばなければもう少し大きいところもとれただろうに。 2006年06月11日 00:54 | [競馬界あれこれ] | |
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